中学時代、例えばヤンキーなんか全く怖くなかった俺だが、唯一、「怖い!」と思った同級生がいた。西という男だ。薬局屋の息子で、いつも一人で校舎の裏で雑草を観察していた。
部活でスポーツに励む子、将来を見据えて勉学に勤しむ子、ただひたすらにモラトリアムを貪る子、それこそヤンキーとしてイキる子、いろんなヤツと遊んできたが、そんなヤツらと比較しても西の異常さは際立っていた。
ある日、いつものように昼休憩に雑草を観察していた西を発見し、なんとなく面白そうなので、なんとなく声をかけてみた。
「おう!いつもなにをしてんねや?」
すると、そんな俺の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、西は
「これは傷口に塗れば良いんだ…」
と言って引っこ抜いた草を凝視していた。
ホンマかいなと思いつつも、お〜!さすが薬局の息子やな!と言った俺。
そんな俺に目線もくれず、次に西が呟いた言葉に俺は心底、恐怖した。
『割れ目に沿って包丁を入れて真っ二つ。女性の尻』
俺は、全速力で走って逃げた。
言葉には言い表すことのできない、得体の知れないなんとも嫌な感じ。
ゾッとしてヒッと声が出た。
『割れ目に沿って包丁を入れて真っ二つ。女性の尻』…なんとサイコな響きであろうか。
そんな恐ろしい倒置法を耳にしたのは後にも先にもあの瞬間だけである。
本当にどういう意味だったんだろうか。
まず文脈的にも意味不明だし、社会通念から大きく外れた性的倒錯を感じる。
手にしていた雑草と何か関係があったのか?いやでも『割れ目に沿って包丁を入れて真っ二つ。女性の尻』が花言葉の植物なんて無いよな?w
例えば、ヤンキーの先輩に「金、貸してくれや!タバコ買うからよ!」と言われても、
「ああ、タバコを吸いたいが金が無いので僕にたかっているんだな。そして断れば殴るだろうし、貸した金も99,9%返してもらえないだろうな〜」
と、理解できる。
教師に「お前、このままじゃどこの高校にもいけないぞ」と言われても、「ああやっぱり僕の知能でいける高校なんてないんだな〜」
と、理解できる。
そう。『理解ができる』って、言わば大きな安心なのである。
しかし、あの瞬間、確かに俺の安心は消し飛んだ。
終始、安心しきった緊張感のない中学三年間であったが、あの瞬間だけはただひたすらに恐怖を感じた。
マラソン大会を誰よりも不真面目にダラダラ走った、そんな俺が本気の全力疾走を選ばざるを得なかったのである。
その後も校舎の裏で雑草を片手にぶつぶつ言ってる西を何度も見かけたが、二度と声をかける事はしなかった。
追記: 思い出したが、西は小学3年生の頃、クラスのガキ大将を喧嘩で負かしたことがあった。
無表情のまま無言で躊躇なく相手の鼻を殴りつける、子供らしからぬ戦法だったのを記憶している。
あと、わりと勉強はできたな。メガネくんだったし。
な?めちゃくちゃ怖いやつだろ?西。
今、どこで何をしているのか?